今・後の暮らしの記憶

1時間は60分、一日は24時間、ひと月は30日か31日、1年は365日か366日です。

その中でも1週間は7日で、一回りしていくので、特徴と身近に感じる進数です。

先週の今日、来週の予定と、あっという間のことですが、年齢を重ねると時の流れを

実感できる時間の幅だといえるでしょう。

それを繰り返して繰り返して生きて死んでいくんだとは思いますが、記録することは

たいせつです。

来年のカレンダーの話を聞くと、いつもそう感じる自分がいます。

今の自分

どんどん何のために生きてきたのか、生きているのか、生きていくのかを自問自答し

ている自分に気づく。

そんな簡単に出てくる答えは、やや否定的、否定的なものが妥当であるのだけれど。

だからといって何かが変化するわけでもないし、変えてみようとする自分がいるわけ

ではない。

もうすぐ節目の法廷老人になるのだけれど、「老い」や「死ぬ」ばかりに気持ちが動

くのは切ないだけでウキウキ気分でもない。

簡単にまとめられた「幸せホルモン」なんて液体化機体かわからないものに期待する

のもどうかと思ったりする。

一瞬一瞬・日々口実であるしかないか。

ブログを書くのも。

暮らしの中での存在感

20年近くになるだろうか?

いつもパソコンやインターネットでお世話になっていたボランティアの方が健康を害

している。

いつもすぐに対応してくれて的確なアドバイスや調整をしてもらえた。

何か日常生活をする上での当たり前のようなインフラというかサポーターと感じてい

た。

もちろん人間的にも尊敬できる大きな存在である。

ぼーっと暮らしていると、少し躓いたときにその存在を強く感じるものだ。

家族や仕事仲間やボランティアなどはそのあたりの喪失感が顕著になるのだろう。

自分のためではなく、誰かに頼られる活動が毎日の暮らしの中で続けられたらと思う

何のために

いつもインスタグラムを書き始めると文字だけではいけないのかとも感じる。

多くの人々は、写真やグラフィックなどを掲載したり、動画まで張り付けているとい

う。

それは、文字数が少ないツイートでもそうなのだが。

多くの人に伝えたいという思い、あるいは、コミュニケーションや、伝達力のインパ

クトを求める場合はそうなのだろうか。

それは、いわゆる情報のデザインであり、工夫ととらえるほうがいいのかもしれない

私のように文字だけ、言葉だけでは伝えることができることは平面的で単一的である

ようにも思えるが、そうでないと思いたいことが多い。

それが視覚障害があるからではなく、情報量と真実生徒のわかりやすさだといえない

か。

何かを伝えるときの真剣さやそのわかりやすさと重みについては率直であるはずだ。

絵や写真やグラフィックスでは問いかけるものが複合複雑になっているように、訴え

伝えるものも情緒的になるはずだ。

このインスタグラムは誰かに何かを伝え感じてもらえているのか?

私の思いだけを書き綴っているだけでもいいのか自問自答する日々だ。

街への思い

街中を久しぶりに歩くと多くの足音とともに、その賑わいがいつものように感じられ

ると思うことは少ない。

特に商店街といわれるような賑わいの塊は、コロナ災以前からもマスコミで取り上げ

られてきたけれど、その様子も加速度的に小規模化しているに違いないだろう。

そこで気になったのは、事業継承ということである。

商店街では、シャッターになって閉鎖したところや店舗替えになったところに出くわ

すたびに思う。

あの店は、あの対面商売のおじさんやおばさんはどうしたろうかと。

事業規模や業種にかかわらず、様々な業種の「事業継承」していくことの難しさはい

かばかりだろうかと推察される。

だが、その事業が商売であれ非営利特定法人であれ、ボランティア活動であってもだ

が、崇高な理念だけでなく、社会に存在していっている存在価値はとても貴重である

と思える。

事業継承が、経営上や継承者や家族問題であっても、そこにあってほしいとおもう、

いてほしいと思う心のよりどころになっている自分自身の街のたたずまい、であり、

景色のあるところを望み続けるのはわがままなのかなとも思えるが。

平年並みの心持

今まで季節の移ろいをしっかりと体感できていたかどうかわからない。

ただ天気予報やカレンダーを見て近日中の変化を気にしていただけかもしれない。

その中で「平年並み」「ほぼ前年通り」「例年並みです」と聞くとほっとする。

毎年同じではものたりないのではなく、とても貴重な安心感を与えられる言葉である

今年も相も変わらず春夏秋冬が平年並みに過ごせるように祈ります。

障害者総合支援法

区分認定が本日決定通知されてきた。

あるきっかけで、障碍者自立支援法による区分認定を申請した。

申請から決定まで2か月以上経過している。

役所に行き、認定調査やかかりつけ医に意見書を書いてもらい審査会を経て結果を待

つ。

ここから相談支援専門員といくつかの状況説明や事業所との契約等を詰めてサービス

開始となる。

年末年始を挟むから来月の初旬か中旬になるだろう。

申請からサービス開始まで3か月となる。

これは長いか短いか。

私は急ぎではなかったけれど、「困った」と本人や家族が助けを求めてからの時間に

しては長いと思う。

ほとんど介護保険と同様なのに即時性と対応規模と行政の関与などに違いを感じる思

いだった。