梅の木
淡路の祖先からの実家の周囲にはたくさんの樹木が植えてあった。
父母が神戸から平成6年10月末に淡路に立て替え新築した家の周囲に花木をかなり
植えていた。
当時の東浦町はカーネーションを中心とした花の街を町のイメージとしており、その
後に国立明石海峡公園を中心とした花博が開催されたり、花座敷や県立淡路高校園芸
科や園芸研究所や関係施設が多くあったり、大きな植物園も有名になった。
母親も園芸が好きで、よく世話をしていたし、父は学校の教員で会って園芸や畑仕事
を積極的に教育に取り入れる考え方であったという。
その実家に最後の梅の木があった。かなり大きく梅の花や梅の実の香りを楽しませて
くれた。
それを近所の口うるさいおばあさんが虫がついてうちに来るかもしれないし、台風で
道を隔ててしまうこともあるから切れと近所に住む父のいとこに申し出たようで、施
設にいる父に同意を求めに行ったそうだ。
私や妹には知らせず、勝手いに切って片づけは知らないよと言う態度だ。
これが田舎の近所づきあいであり、そこにいないよそ者のつらさかもしれない。
それよりも早春から春を盛りと花や香りを漂わせていた梅の木の命が無残に奪われた
ことは悲しく切ない。
土曜日にはちゃんと処理して葬ってやりたい。
梅の木の聖にも安心してもらいたい。